東京に「東長崎」という駅がある。このあたりは、昔、長崎村と呼ばれていた地域だそうだ。 東京の元長崎村を探索して、長崎の面影や長崎ゆかりの食材などはないか、長崎と元長崎村の関係はあるのか、などを写真と文章でレポート していきます!

2010年01月19日

6.東京の博物館で見つけた長崎!

既に述べたように、東西二つの長崎の間では、歴史的な意味での関連性を示す証拠は発見できなかったが、その呼び名が同じであるが故に、心温まる交流の存在が確認された。

さて、次に、さらにターゲットを豊島区長崎から東京全域に広げ、東京にある長崎のゆかりを捜し歩いてみよう。まず、博物館関係から。

東京都内には、100を超える博物館や美術館がある。それらの中で、長崎を直接テーマにした施設は見当たらない。しかし、長崎ゆかりの所蔵品を豊富に持つ博物館はある。江戸東京博物館と東京国立博物館がそれである。




(1)江戸東京博物館
1993年に設立された、墨田区のJR両国駅前にある都立の博物館である。江戸・東京の文化をターゲットにしているが、長崎由来の所蔵物も数多い。実際に、同博物館の資料係のスタッフのご協力を得て、所蔵品の中でその名前の中に「長崎」という名詞を含むものをリストアップしてみたら、554点に達した。17万点とされる同博物館全体の所蔵品数全体の中ではごく一部ということになるが、名称の中に直接長崎という文字は含まれていなくとも、長崎から持ち込まれた所蔵品は少なくない。

同博物館が所蔵する長崎ゆかりの資料は、絵画、写真、地図、古文書、古銭と多種、多様である。絵画、写真は長崎港を描いたものが多い。また、古文書としては、出島のカピタン文書のほか、勝海舟が安政3年に長崎の旅館にあてた信書などがある。また、古銭としては、江戸時代初期に、中国から輸入され日中貿易に用いられた「元豊通宝」などがある。そうした中で、カッパの漫画で有名な清水崑氏のスケッチが74点に上っているのが目立っている。

やや意外に思われたのは、原爆被爆のほか、キリシタンとかオランダに関連したものが多くないことである。検索システムで調べた限りでは、それぞれ数点に満たない。

そうした中で、オランダ関連で極めて重要な資料がひとつある。それは、現存唯一の阿蘭陀風説書(おらんだふうせつがき)の原本で、1797(寛政九)年6月、商館長(カピタン)ヘンミーから幕府に提出されたものである。国の重要文化財に指定されている。阿蘭陀風説書は,唐船風説書と並んで鎖国時代の貴重な海外情報源で,本件にもフランス革命後の欧州の動乱が記されており、日蘭交渉史上特に貴重なものだという。なお、この風説書は、長崎歴史文化博物館が2009年10月から2010年1月にかけて催した日蘭通商400周年記念展「阿蘭陀とNIPPON ~レンブラントからシーボルトまで」に貸出・出展された。


写真上は「阿蘭陀風説書」。

(2)国立博物館
長崎キリシタン関連の重要な文化財は、実は東京国立博物館(上野)に数多く所蔵されている。

東京国立博物館は、500を超えるキリシタン関係遺品を所蔵しており、その多くが国の重要文化財に指定され、キリスト教信仰の歴史をたどる貴重な資料となっている。大半は長崎奉行所が信徒から没収した品で、明治12年(1879)に内務省に引き継がれたものだという。

所蔵品は聖母像、ロザリオ、十字架、踏み絵などが中心であるが、その中で、国の重要文化財「親指のマリア」(聖母像) は、鎖国下の1708年に来日し、新井白石
(1657~1725)から取り調べを受けたことで知られる、イタリア人宣教師シドッチが母国から持ち込んだもので、特に有名である。


「親指のマリア」。
「親指のマリア」の画像は国立博物館のHPの中の所蔵品リストのページ
http://www.bunka.go.jp/1hogo/shoukai/main.asp%7B0fl=show&id=1000000524&clc=1000000153&cmc=1000000163&cli=1000000197&cmi=1000000481%7B9.html
からみることができる。
実物はB5版の大きさで、青の礼服にまとった女性の袖の辺りに左の親指が見える。
現在国立博物館に画像利用の申請中。


Posted by 在京長崎応援団塾 at 02:16│Comments(0)
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